新・明日への伝言

この国のガン〜全ては『スローライフ』に〜

槌間 太郎(一期生)

ガンとはなんだろう。ガンという言葉から連想するものをとりあえずあげてみます。病気という意味では、重い病気・死に至る・病巣・転移・本来正常な細胞が突然に、などと言った言葉が思いつくでしょう。また、会社や組織において「あいつは○○のガンだ」などと言われれば、悪事の大本・その悪事が世間に知れれば組織の存続に関わる問題ないし問題人物・謝った経営判断を続ける経営陣・問題児・足を引っ張っている・成長阻害要因・恥部、などと言ったことが思いつきます。

では、それならば、この国にとってのガンとはなんなのでしょう。現在がおそらく、少なくともこの国にとって、歴史的な大きな転換点を向かえていることは誰にとっても異論のないことでしょう。バブル経済の崩壊以後、不況、雇用格差・所得格差、グローバル化・金融危機・世界的不況・環境問題・ユーロの形成・中国の成長、年金・医療・財政・少子高齢社会、マクロ的に見た問題だけでも数え上げればきりがないほどです。そこで、今ここで問われているのは、この時代の大きな変化にいかにアジャストして行くのかということであり、そのための阻害要因こそが、現在の「この国のガン」だと私は思います。そして、結局のところそれは政治だと私は考えます。

とはいえ、では政治の一体どこが問題なのか、ということはここでは掘り下げないでおきます。というのも、どこにガンがあるのか、という問題と同じぐらいに大切で、かつ重要な問題は、もう一つあると考えるからです。病気になれば、誰もがまずはガンという事実を受け入れようとし、その上で手術方法や投薬計画を検討したり、生活環境の変化に備え万全の体制で治療に専念できるよう準備したりするでしょう。それと同じように、国のガンも人のガンの時と同じく、<ガンといかに闘うか>ということが最も大切なことであると私は考えます。つまり、われわれ市民がいかに政治を変えていくのか、または変えるように突き上げて行くのか、その声と行動が<ガンと闘う>ということではないかと考えます。

この国の明治維新・戦後復興という転換点を振り返って見ても、明治や戦後復興を担った人物たちが明治や戦後の時代に突然どこかからやってきたのではなく、転換前の混沌の時代からそこで生き、その混沌の時代に次の時代の萌芽を育んできたのだと私は思います。だからこそ、いま我々が我々に出来る精一杯のことに取り組むことに意義があるのだと思います。そして、そうは言いつつも、一人ではなかなかそういった時間を継続的に作ることは難しいので、だからこそ、意識的に<論を楽しむ>場を設けていくことがその一歩なのだと思います。論を楽しみましょう。